「エロい」という言葉に潜む、セックス・ネガティブな日本社会
「エロい」という言葉が氾濫している日本。「エロ」と「セクシュアリティ」の本当の意味、日本ではあまり馴染みのない「セックス・ポジティビティ」「セックス・ネガティビティ」について解説します。
こんにちは。リレーションシップコンサルタントの此花わかです。
しばらく前、某編集者に「セクシュアリティの企画を提案したい」と話したら、「うちは、エロは駄目なんです」と言われて驚きました。セクシュアリティとは「性のあり方」を指すことなのに、”エロ”と言われて戸惑ってしまったのです。
そもそも、セクシュアリティは”エロい”のでしょうか? 今回はセックス・ネガティビティについてお話したいと思います。
「エロ」と「セクシュアリティ」の意味とは?
エロはその響きの通り、「エロス」が語源。エロスは、ギリシャ神話に登場する女神アフロディテの息子で”愛”の神。恋の弓矢を操るいたずら好きの男の子です。背中に羽をつけた男の子で、ローマ神話のクピド(キューピッド)にあたります。
現在、日本人が使う「エロ」には”愛”の感情が込められておらず、性行為だけを想起させる言葉になっています。人によっては言われると嫌な気分になってしまうほどネガティブな響きもありますよね。
一方、セクシュアリティとは、一言で説明すると「性のあり方」。私たちが自分の体をどのように理解し、他者との関係を理解するために使う言葉です。性に対する価値観や信念、身体、欲望、人間関係、ジェンダーなど、私たち自身の性に関するあらゆる要素が含まれます。
自分の「性のあり方」は、他者の人権を侵害せず同意がある限り、自分の権利です。
(小児性愛を性の多様性だから認められるべきと主張する人がいますが、これは違います。性的同意を理解できるほど成長していない子どもからは本物の同意が得られないから、小児性愛は子どもへの人権侵害になります。小児性愛や同意のない相手に対して性的権利はありません)
セクシュアリティ(性のあり方)は人間の健康、幸福、尊厳、愛を作る大きな要素で、決して「エロ」ではないのです。
「エロ」という言葉から欠如したセックス・ポジティビティの思想
冒頭の話に戻ると、某編集者の「セクシュアリティはエロい」という言葉から、そもそも「セックスは自然なもので、喜びや快楽も含めて自分を知ることだ」という「セックス・ポジティビティ」の思想が欠けていると感じました。これは編集者個人の問題というよりは、社会意識の問題です。
「セックス・ポジティビティ」は性的同意や対等な立場を前提に、その人らしい性のあり方をジャッジせずに受け入れること。
米・テキサス在住の性教育者であるグッディ・ホワード(Instagram @askgoody)がセックス・ポジティビティを分かりやすく説明しています。
彼女によると、「人々が批判されたり、恥じたりすることなく、自分のセクシュアリティやジェンダーを体現し、探求し、学ぶ場を持つべきだ」という思想がセックス・ポジティビティだそう。(※)
近年、海外セレブが #FreeTheNippleというハッシュタグを使い、乳首が透けて見えるトップスをまとった写真やトップレスの写真を投稿していますよね。俳優のエマ・ワトソンの胸の下半分を出した写真が女性誌に載りました。こういった行動はセックス・ポジティビティに基づいたもの。
反対にセックス・ネガティビティはどういう思想なのでしょうか?
セックス・ネガティビティとは?
ホワードが主張するセックス・ネガティビティの主な特徴は以下のとおり。
① 女性に「肌を覆う格好をしろ」と言うこと
② 公共の場で授乳することを批判すること
③ セックスワーカー、LGBTQI+、フェミニストに対するあらゆる暴力
④ セックスを禁止する性教育、生殖行為だけを教える性教育
⑤ 処女信仰
⑥ スラットシェイミングと被害者非難(性的行動や露出の多い服装、通常の行動規範から外れた女性に向けられる非難。性暴力の被害者に被害にあった原因と責任を負わせること)
⑦ 女性を「良い女の子」と「悪い女の子」として二極化すること
こうして見ると、日本社会によく当てはまるのではないでしょうか?
ミニスカートをはいた中年女性が「年がいもなくあんな格好をして」と悪口を言われるのをよく聞きますし(①)、生理用品をレジで紙袋で包装するのは、女性の生理を恥ずかしいものと思っていることで②に近いでしょう。「おフェミさんは~」という攻撃的言葉があふれかえっているTwitter界隈(③)や、リレーションシップ教育や人権教育ではなく、生殖的役割を中心に教える学校の性教育(④)。
性被害を受けて告発した女性が、ハニートラップだと批判されるスラットシェイミングもたびたび起きています(⑥)。女子学生のポニーテールやツインテールを「男子学生が欲情すると困る」という理由で禁止するブラック校則も、女性の表現を勝手に性的なものへと結びつけたものですよね(⑤&⑦)。
性のあり方は多様であってよくて、他人から批判されるものではない
要は、人間のセクシュアリティを「イヤらしいもの」「危険なもの」「汚らしくて気持ちの悪いもの」「自然じゃないもの」「コントロールできないものだから支配すべき」「害のあるもの」として捉えることがセックス・ネガティビティなのです。
事実、筆者がセックスレスのルポを書くと、「女性にも性欲があるなんて信じられない」「セックスと愛情は違う」「セックスは単なる性欲」「セックスは子作りだ」などという批判的なコメントがヤフーに寄せられます。こういった性のあり方を自分の価値観で決めつけるようなコメントにもセックス・ネガティビティが見受けられるのではないでしょうか?
女性の性を商品化する傍ら、包括的性教育を排除し、性にまつわること全般をひっくるめて単純に「エロい」と表現する日本社会には、性に対する深刻なダブルスタンダードがあります。
セクハラ、性犯罪、性差別から子どもたちを守るためにも、私たち大人は日本社会に蔓延するセックス・ネガティビティについて意識的になる必要があると思います。
【参考】※…What Does It Actually Mean to Be ‘Sex Positive’? – healthline