「毎日眠くなるのは薬のせい……?」そう思い込んでいた女性のお話
眠くなるから薬は飲めない、と訴える女性
「この薬を飲むと眠たくなりますか?寝る前に服用する薬は、いつも夕食後に飲みます。そうでもしないと、毎日眠くて、眠くて。薬が飲めないのです。」
ひと通り薬の説明を終えた後、うつろな顔をした女性は私にこう話しかけました。
私は「恐らくその可能性は低いですが、これ以外に他にお薬は服用されていませんか?」と確認をしました。
しかし彼女は他に薬は服用していないとのこと。
この女性に処方されていたコレステロールを下げる薬や血圧を下げる薬には、薬の説明書を見る限り、眠気の注意事項はありません。
しかし「念のためお調べします。」といってパソコンで私が調べ始めると、彼女は独り言のように話し始めました。
「夜だけではなくて、実は一日中眠くて、眠くて。しかも、何もやる気もなく、一日中ぼーっとしています。仕事も辞めてしまいました。」
その女性は髪もぼさぼさで、身なりをあまり気にしていない様子です。
そして、お名前を呼んだ時もゆっくりと立ち上がり、のそのそ調剤カウンターまでやってきて、椅子にどかっと着席されました。
眠くなるのは更年期症状のせい?
「これって更年期かしら?」「どんどん太ってきたし。着る服がなくって。これ主人のジャージなの。」
たしかに彼女が訴える症状は、更年期の症状に似ています。
しかし彼女は更年期にみられがちな、寝つきの悪さはありません。また朝昼夕のいずれの食後も、すぐに眠くなるようです。
どうやら血糖値と中性脂肪の検査結果は問題なく、コレステロール値だけが、薬を服用している割には下がりが悪いようです。
そこで私は「ご年齢から考えますと、更年期の症状も考えられます。しかし同時に更年期以外の疾患も考えられます。
念のため、甲状腺と食直後の血糖値、そして女性ホルモンの検査をしてもらうことをお勧めします。」と話しました。
今回の私は珍しく?更年期の症状とは言わず、甲状腺の機能低下症と食後高血糖を疑いました。
今回は食後高血糖の説明いたしませんが、更年期の症状とよく似た甲状腺の疾患についてお話しいたします。
甲状腺とは
甲状腺とは首の喉仏の下にある、蝶の羽を広げたような形をしている内分泌腺で、甲状腺ホルモンを分泌します。
甲状腺ホルモンの働き
- 成長や発育をコントロールします
- 新陳代謝促進、骨量や筋肉量の保持をします
- 交感神経を優位にし、体温調節や心拍数、血圧の維持、発汗を促します
甲状腺の働きが異常をおこすと、暑がりになる、汗っかきになる、冷え性になる、やる気がでない、イライラするなどの更年期症状とよく似た症状が現れます。
また、甲状腺の疾患は女性に多く、男性の6~10倍と言われています。
測定方法
血液検査で甲状腺ホルモン(FT4、FT3)と甲状腺刺激ホルモン(TSH)を測定します。
これらのホルモンが正常でも、超音波検査で異常が出たり、自己免疫抗体だけ陽性に出たりすることがあります。
甲状腺の病気
大きく分けて2つに分けることができます。
働きの異常
■甲状腺ホルモン値が高い(甲状腺機能亢進症):バセドウ病・無痛性甲状腺炎
全身の代謝が活発になり、疲れやすい、動機や息切れ、暑がり、体重減少などが起こります。
■甲状腺ホルモン値が低い(甲状腺機能低下症):橋本病・無痛性甲状腺炎
甲状腺に慢性的な炎症が起こり、働きが悪くなる。冷えやむくみ、食べ過ぎていないのに太る、元気がなくなるなどが起こります。
形の異常
■結節性甲状腺腫:甲状腺に結節(しこり)ができた状態
良性と悪性があり、ほとんどが良性です。
健康診断や病院やクリニックで行う一般的な血液検査には、甲状腺の検査項目はありません。よって見落とされがちな疾患の一つです。
だからこそ、私はこの女性に追加項目として甲状腺の血液検査を勧めました。
女性の不定愁訴と甲状腺の病気
第61回日本甲状腺学会で、女性の不定愁訴の8人に1人が甲状腺の疾患があると報告されています。
また同じ学会で、更年期障害と診断されていた女性の15%に甲状腺機能異常(ホルモンが多い・少ないの両方の)が見つかったと報告されています。
このように甲状腺の病気は見落とされがちです。その理由のひとつが、採血の項目に含まれていないこと。
そしてもうひとつは、甲状腺の働きの異常の症状が更年期症状と似ているため、気がつかないことが多いから、だと言えるでしょう。
例えば、下記などの似たような症状があげられます。
- 血管運動神経症状:月経周期の乱れ・顔面紅潮・発汗・動悸
- 精神神経症状:不眠・うつ・イライラ・不安感・無気力・めまい
- 筋骨格系症状:肩こり・筋力低下
閉経と甲状腺疾患の関係
アメリカの臨床内分泌専門医会によると、閉経後の女性における甲状腺疾患の発生率は約2.4%、潜在性の甲状腺機能異常を有する人(症状が現れていないが検査結果で異常がみつかった)が約23.2%いたと報告されています。
さらに潜在性の甲状腺機能の異常を示すグループの中で、73.8%が甲状腺機能低下症、26.2%が甲状腺機能亢進症であると報告されています。 [AE S. , 2003]
理由のひとつは、加齢に伴い血液中の甲状腺刺激ホルモン(TSH)が高値を示す割合が増加するため、と言われています。
また潜在性の甲状腺機能低下症は脂質異常症、動脈硬化、虚血性心疾患との関係も深いようです。
よって私は更年期世代の女性には、積極的に甲状腺の血液検査を行って欲しいと思っています。
今回の女性ではありませんが、ドキドキして息苦しくなったため心疾患を疑い、循環器内科を受診したものの異常がなく、様々な病院を受診した結果、甲状腺機能亢進症であったという方がおられます。
まずは甲状腺ホルモン値のセルフチェックから
まずはチェックリストで確認してみましょう!
たくさんチェックがついたならば、甲状腺専門医・内分泌内科・耳鼻咽喉科の受診をおすすめします。
女性はついつい我慢してしまい、自分のことは後回しにしがちです。しかし「これぐらいどうってことないわ。」などと思わずに、気になる症状が続くようならば受診されることをお勧めします。