【薬剤師の体験談】歯の痛みを訴える女性の話
〜 今回の薬剤師の体験談は、歯科からてんかんの処方箋を渡された更年期世代の女性の話。更年期には身体だけでなく、心の症状が現れるのもよくあること。医者から込められた彼女へのメッセージとは……? 〜
みなさんこんにちは。薬剤師の岡下真弓です。【薬剤師の体験談】シリーズは私がこれまで患者さんと接してきた経験の中でとくに印象的だった方のエピソードをご紹介し、その体験から得た学びやメッセージをみなさんにお届けしている連載です。
無言で目も合わせない女性が持ってきた処方箋とは
無言の患者。これは薬局でよく見られる光景です。
銀行やレストランなどで、名前や番号を呼ばれると、「はい」とか、手を挙げるなどアクションをおこすのが一般的ですが、薬局ではそうではないのです。
理由はあえてここではお伝えしませんが、今日お話しする女性はその典型的なパターンの方でした。
無言で席に着き、目を合わせようともしない50代後半の女性が持参したのは歯科の処方箋。そこにはてんかんの時に服用する医薬品名が記載されていました。しかも7日分のみです。
その薬は副作用の多い薬です。そのため歯科でよく処方される三叉神経痛に用いる場合、ヒアリングをしっかり行う必要がある、諸刃の剣のようなお薬なのです。
※三叉神経痛:顔を走る三叉神経という神経の異常で、顔面の片側に強い痛みが生じます。顔面片側に痛み・しびれが出るのが特徴です。 診断を確定するために、頭部MRI検査・血液検査などを行います。まずは内服薬で治療を試みますが症状が治まらないときは三叉神経ブロック(注射)・放射線治療などを行います。
「医師からこの薬の説明はお聞きですか?」何も話したくない、早く帰りたい患者の場合は「はい」と答えます。しかしその女性は無言のまま……。
処方箋を発行した歯科は大型病院の診療科の一つで、近隣のクリニックから紹介された患者が多く、検査や処置だけの為に来院される人が多くおられます。よって、検査をした結果に処方された薬であると私は推測しました。
薬局から患者様にお渡しする薬の説明書には「てんかんの治療」に用いると記載されていたので、誤解を招かない為にも、神経伝達を抑える作用があるため、痛みのシグナルを抑え、神経の痛みからくる三叉神経痛にも使われることを補足説明しました。
※てんかん:てんかんは、突然意識を失って反応がなくなるなどの「てんかん発作」を繰り返し起こす病気です。原因や症状は人により様々で、乳幼児から高齢者までどの年齢層でも発病する可能性があり、患者数も100人に1人と、誰もがかかる可能性がある珍しくない病気のひとつです。
すると怒ったように「検査した結果、医師からは、どこも悪くないので、『これ試しに飲んでみたら』と言われただけです」とおっしゃったのです。
参照:G Cruccu 1, G Gronseth, J Alksne, C Argoff, M Brainin, K Burchiel, T Nurmikko, J M Zakrzewska, American Academy of Neurology Society; European Federation of Neurological Society 2008年
参照:https://www.mhlw.go.jp/kokoro/know/disease_epilepsy.html
どこも悪くないのに「痛み」や「不快感」を感じる患者
実はちょうどその数週間前に、かかりつけの歯科医と、どこも悪くないのに「痛み」や「不快感」を感じ受診する人が後を絶たないと話していたところでした。
しかしなぜそのように感じるのかきちんと説明してくれる医師もいれば、そうでない医師もいます。
患者からすれば、こんなに苦しんで、悩んで、有給使って、病院に行ったのに大したことないと言われると悲しいですよね
リアクションがないにも関わらず、席を立とうとしないその無言の女性は、きっとずっと苦しみを抱えていたのでしょう。
さてその人は医師の言葉から、自身を精神疾患であると診断された上に、見放されたと感じてしまったようです。
更年期はうつ症状をきたしやすい時期として知られています。さらに閉経後の方がより多いと言われています。
Pauline M Maki et al :Guidelines for the Evaluation and Treatment of Perimenopausal Depression: Summary and Recommendations :J Womens Health . 2019
更年期とうつ症状の関係
産婦人科を受診した女性2200人の調査結果によると、エストロゲン分泌低下に伴う更年期障害と診断された人は26%、うつ病を含む気分障害は27.6%、不安症は12.3%おり、そのほとんどの人に、生活機能、社会機能の低下が認められました。
さらに5%の人が「死にたい」とさえ思っています。
後山尚久:更年期のうつ。臨婦産2011より
またこの時期のうつ症状は、身体の症状が表に現れるため、心の不調かどうかわからないまま過ごしている人が多いことが特徴です。
主な症状は不眠、倦怠感、体に感じる強い痛みなどです。
何度も同じことをお伝えしていますが、更年期の症状は、エストロゲンの低下による内分泌学的要因、社会的要因、心理的要因などが複雑に絡み合い、さらにそこに子供の自立、親の介護、夫の定年など、ネガティブなライフイベントを経験しやすい時期のため、これらが複雑に絡まって発症します。
そこに、エストロゲンの低下に伴った、今までと違った自分に出会います。例えば女性らしい体つきが維持できない(胸、お尻、頬のたるみ)、肌のくすみ、記憶力の低下など、自己評価を下げる現実が次々とやってくると、なんとも言えない不安感を感じます。
そんな時は誰かに寄り添ってもらいたいし、「大丈夫」と言ってほしい。でも責任感の強い女性ほど誰かに甘える自分が許せないのです
もし、皆さんの周りで、そんなメッセージを訴えている人がいたら、こんなふうに伝えてみてください。
「今までできていた事が出来なくても大丈夫だよ」
「自分を責める必要はないんだよ」
「休むことはみんなに迷惑なことでなく、勇気ある行動で、長い目で見るととても大切なこと」
専門家に診てもらい、心と体の両面をサポートしましょう
更年期世代の女性は歯科だけでなく、整形や心臓外科、脳外科などで
「体はどこも悪くないが、そんなに痛みが辛いなら精神科を受診しなさい」
このような言葉を医師から伝えられ、絶望的になる人を多く見かけます。
実はここには、
「一度専門家に診てもらい、心と体の両面からサポートしてみましょう」
というメッセージが込められているのです。
そのような話を伝えるとその女性はやはり無言のままですが、何かを決意した表情で立ち上がりました。
「また何かあったらいつでもいらしてください」
私が最後にかけた言葉です。
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