【薬剤師の体験談】アルコールが手放せない女性の話
みなさんこんにちは。薬剤師の岡下真弓です。
【薬剤師の体験談】シリーズは私がこれまで患者さんと接してきた経験の中でとくに印象的だった方のエピソードをご紹介し、その体験から得た学びやメッセージをみなさんにお届けしている連載です。
今回はアルコールが手放せない女性の話、アルコール依存症について。直接の患者さんではないのですが、私が実際に街で見かけた女性にもとづいたお話です。
アルコール依存症はそれだけでなく、うつ病にもつながるとても危険な精神疾患です。ぜひ今回のお話を読んで心に留めておいてくださいね。それではご紹介しましょう。
電車で見かける、アルコールを手放せない女性
「あっ また今朝もいるな」
薬局に出勤する時、車内で時折見かける30代くらいの女性です
オフィス街と反対方面に向かう、通勤ラッシュより少し遅い午前9時半ごろの車内は人も少なく、会うたびに片手にアルコールを持っている彼女の姿は、とても気になる存在です。
1年ほど前に見かけた時は、隠すように膝の上に置き、少しずつ飲む様子でした。
ある日のこと、大声で笑いながら話す声がし、振り返ってみると、その声の主は例の彼女でした。初めて彼女の声と笑顔を見ましたが、片手にはアルコールがしっかり握りしめられていました。
それ以降、彼女は堂々とアルコールを車内で飲み、かつ大声で、明らかに酔っ払っているのがわかる口調で電話をしています。
出会った頃は、少し疲れた様子だったので、夜勤明けか、夜遅くまで飲食店で働いているのかなと思っていましたが、会うたびに化粧も濃くなり、大胆に変わっていく彼女が心配になってきました。
しかし、彼女に直接話せないので、今回皆さんに知っていただくことでいつか彼女に伝われば、また彼女のような方が少しでも少なくなることを願って記事にします。
酒は百薬の長と言われるけれど……
患者様との会話でも「酒は百薬の長だから毎日飲んだ方がいいのでしょう?」と、アルコールを毎日嗜んでいる方がいらっしゃいます。
しかし残念ながら、アルコールを積極的に摂取すると、健康にどれだけ寄与するのか明確にしたエビデンスデータが乏しいのが現状です。
確かに気分が高揚し、多幸感が得られるので、「体に良い」ように感じます。
一方で、奈良漬けを食べただけで顔が赤くなる、気分が悪くなる方もおられます。
私もはるか遠い記憶ですが、学生時代に合コンで「すぐに赤くなる君が可愛い」と言って口説かれるほど、アルコールを飲むとすぐに顔が赤くなります。
お酒を飲むと顔が赤くなる理由は?
なぜ人によって、お酒を飲むと顔が赤くなるのでしょうか?
体内に入ったアルコールはアルコール脱水酵素(ADHIB)により、アセトアルデヒドに分解されます。次にアセトアルデヒドはアルデヒド脱水酵素(ALDH2)の働きで酢酸に分解されます。
アルコールを分解するこの酵素の働きの強さは、遺伝子型に左右されます。日本人はこの2つの酵素の働きが弱いタイプが多く、全く飲めない人の割合が多いと言われています。
ADHIBの働きが弱いとアルコール依存症になりやすい
ADHIBの働きが弱いと、アルコールを分解するために必要な時間がかかり、体内にアルコールが長くとどまる為、アルコール依存症になりやすいと言われています。
ALDH2の働きが弱いと顔が赤くなったり、二日酔いになりやすい
ALDH2の働きが弱いと、体内でアセトアルデヒドが分解されるまで時間がかかるため、顔が赤くなり、二日酔いを起こしやすいのです。
また、この赤くなる現象は「アジアンフラッシュ」と呼ばれ日本人の40%がこのタイプと言われています。
アルコールは勃起障害、性機能障害にも関連
シャイな性格の人はアルコールの力を借りて異性を口説こうとしがちですが、アルコールは勃起障害、性機能障害を招く恐れもあります。
「ここぞ」という時は、男女ともに、飲みすぎないようにしてくださいね。
適切なアルコールの量とは
適切なアルコールはどれくらいですかという質問もよく受けます。
私は「1日平均、純アルコール※1で20g程度を目安にしてください」とお答えします。
みなさんもご存知のように、アルコールは種類によって度数が異なるため、単純に容量換算できません。
※1 純アルコール量(g)とは、酒の量(mL) ×度数または% / 100 ×比重
最近、ホームページでビール類や缶チューハイの純アルコール量をグラム表記で開示する取り組みが始まっています。そちらもご覧ください。
アルコール依存症について
厚生労働省の2013年の調査によると、アルコール依存症の疑いがある人は全国で推計113万人、うち女性はこの1割強と言われています。
「なんだ女性の方が少ないのね」と思いがちですが、女性はアルコールを分解する肝臓が男性より小さく、依存症に陥りやすいと言われています。
また女性の社会進出が進み、仕事の付き合いで飲酒の機会が増えているため、今はもっと増えていると思われます。
さらに私がテレビのCMやSNSの投稿を見て不安に思うことは、「飲酒がオシャレなアイテムとして思われていないだろうか?」です。
アルコール依存症とは大量のお酒を長期にわたって飲み続けるうちに、お酒がないといられなくなる状態、精神疾患の一つです。
与える影響
精神面、身体面だけではなく、仕事や家庭生活などの生活面にも支障が出てくることがあります。
症状
アルコールが体から抜けると、イライラや神経過敏、不眠、頭痛・吐き気、下痢、手の震え、発汗、頻脈・動悸などの離脱症状が出てくるため、それを抑えるために、またお酒を飲んでしまいます。
アルコール依存症はうつ病へもつながる
私が、なぜ車内で見かける女性が気になるのか? それはアルコール依存症は、うつ病の合併頻度が高くなる、自殺と相関関係があるからです。
アルコール依存症の人は依存症ではない人と比較して自殺の危険性が約6倍高いと言われています。
またうつ病の合併、離婚や別離といった対人関係のストレス、社会的サポートの欠如、非雇用、重篤な身体疾患、単身生活も自殺の危険性を高めるとされます。アルコールの乱用そのものは自殺の危険性を高めます
参照:松下幸生,樋口 進. アルコール依存における自殺防止. 臨床精神薬理 9: 1569-1576, 2006.
だから例え車内で大笑いし、酔っ払っていても、彼女の顔を見ると「今日も生きててくれてありがとう」と思えるのです。
自分自身の健康のためだけでなく、愛する家族や友達のために、お酒との付き合い方を考えてみませんか? 今回のお話が少しでも考えるきっかけになれば、嬉しく思います。