【薬剤師の体験談】自己喪失感に苛まれた女性のお話

  • URLをコピーしました!

見慣れない病院から発行された保険証の番号が記載されていない処方箋を、平日のお昼過ぎに持ってきた50代の女性のお話です。

処方箋に保険証の番号が記載されていない場合は、保険証の切り替え、事故や労災など保険適用ではない、もしくは保険証を何らかの理由で持っていないなどが考えられるため、お薬をお渡しする前に患者様に確認しなければなりません。

そこで私は

「病院受診の際に保険証をお忘れの場合は、保険証と領収書を病院と薬局にご持参くだされば差額は返金できます。」

と、お伝えしました。

すると堰を切ったように女性は話し始めたのです。

目次

仕事のミスで、会社から逃げてきた彼女

「実は今日、仕事を早退してきました。会社帰りに立ち寄ったので、保険証を持っていなかったのです。」

「頭痛がひどいのですか?」

早退するくらい辛い症状なのであればすぐに本題に入らなければと察し、処方箋に記載された漢方薬から症状を推測してお話しさせていただきました。

「仕事で大きなミスをしてしまいました。それで、周囲の人の目が辛くて逃げてきました。」

前回薬局に来られたのは半年前で、その時はめまいで受診されていました。またやり取りを記載したお薬のカルテには不定愁訴も訴えておられていたので、

「体調が急に悪くなったのですね」

と伺ってみましたが、彼女の答えはまったく異なるものでした。

「最近、職場にいるのが辛いのです。

ミスは以前からありましたが、最近、回数が増えてきました。作業も若い人比べると遅くって。

だから焦ってしまい、そうすれとさらにミスが増えてしまうのです。

こんな自分は誰からも必要とされていないと感じてしまって……。

恥ずかしくなって、職場から逃げ出してきました。」

一通り話終わったあと、さらに

「でも、かと言って今の仕事を辞めてしまうと、こんな年齢だから再就職は無理でしょう?

だからどんなに辛くても、しがみつくしかないのです。」

私はただただ頷いていました。

生理休暇はあるけど、更年期休暇はない?

「生理休暇はあるのに更年期休暇はないのですよね。でも、うちのような中小企業ではそもそも関係ないのですが。」

と、彼女の話は少し投げやりな感じに変わってきました。

「更年期休暇? 残念ながら今の制度ではありませんよね。しかし政府の政策で、企業側に対して女性の健康課題解決策を取り入れるように働きかけています。」

私は冷静に対応し、少し前向きなるような話を提案してみましたが、

「所詮世の中が変わったとしても、私達の生活は何も変わりません。そんな恩恵を受けるのは大企業の人達だけですから。」と彼女。

そして私は彼女の話をきいて、はっとさせられたのです。

総務省統計局 労働力調査 2020年 より

https://www.stat.go.jp/data/roudou/sokuhou/nen/dt/pdf/index1.pdf

非正規雇用が多い女性が持つ将来への不安

女性はライフイベントの影響を受けやすいため、非正規雇用者が多くなりがちです。

自由に働くことができるなどの利点もありますが、給料のベースアップもないまま働き続け、将来的に年金受給額が低くなり、老年期に入ってからお困りの患者様と多く出会ってきました。

定年が近づいてくるにつれ悲観的な将来像しか描けなくなるのは、この女性に限った話ではないでしょう。

30分くらい将来に対する不安を彼女の口から続きましたが、

「誰に相談してよいかわからなかったので、今日は話しを聞いてもらってありがとうございます。」と言って帰られました。

彼女の場合は身体的な機能だけでなく、様々な不安要素が絡まって、職場から抜け出してしまったのではないかと思われます。

実はコロナの影響で、彼女のように将来に対して不安を訴える方が増えてきています。

心身症とは

日本心身医学会の指針によると、心身症とは

「身体疾患の中で、その発症や経過に心理・社会的因子が密接に関与し、器質的ないし機能的障害が認められる病態をいう。

ただし、神経症やうつ病など、他の精神障害も伴う身体症状は除外する」

と定義されています。

つまり心身症とは病名ではなく、病気の状態を表す用語と定義されます。

具体的な目安として下記の内容があげられます。

1. ライフイベントや日常生活におけるストレスの存在がある

2. 抑うつや不安状態といった情動上の変化の存在がある

3. 性格傾向や行動上の問題(ストレスの認知とコーピングスタイル※1、生活習慣も含む)の存在がある

4. 生育歴上の人間関係の問題(親子関係など)がある

5. 疾患自身の心理、行動面への影響の存在がある

※1:コーピングとは単なる憂さ晴らしや気分転換の方法ではなく、ストレスとの上手な付き合い方を追求するストレスマネジメント手法のこと

「なんだかややこしいな」と感じられるかもしれませんが、心の状態と身体の働きや状態が、相互に影響を及ぼしているのです。

ですから、精神的な葛藤や日頃の行動や思考のパターンが、知らず知らずのうちに身体に影響を及ぼして病気を作ってしまうこともあります。

また反対に、身体の調子が悪い時も、心の状態に影響を及ぼすということを覚えておいてください。

女性ホルモンと心身症の関係

女性の場合、月経前、産後、更年期はホルモンのバランスが大きく変わります。

この期間の、更年期障害、月経異常(排卵障害や月経困難症)、月経前症候群(PMS)、などは心身症に当てはまります。

さらに、月経前不快気分障害(PMDD)は、PMSと発症原因は同じと考えられていますが、精神障害の診断・統計マニュアル(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders)(※2)によると、うつ病のカテゴリーの一つと分類されています。

※2;アメリカ精神医学会が作成している、精神障害に関する国際的な診断基準の1つ

このシリーズのコラムで何度も同じ話をしていますが、更年期は以下の要素が複雑に絡み合って様々な症状が現れます。

・内分泌的な変化

・心理的・性格的素因

・社会環境・ストレス

例えばホットフラッシュや発汗は内分泌的な変化のうち、エストロゲンの低下が原因と言われている症状ですが、自律神経的素因とも重なって発症すると言われています。

実は30分の話の中でわかったことですが、先ほどの彼女も、仕事のミスがわかった途端に大量の汗が流れ落ち、拭いても拭いても止まらなくなり、同僚の若い人達に心配されて、それがかえって恥ずかしさを増し、早退したそうです。

原因は自分ではどうすることもできない事ばかり

・イライラする

・ボーッとして気分がすきっとしない

・肩が凝る

・だるい

・めまいがする

・ほてる

・集中できない

・なんとなく自分の体で無いような感じがする

など更年期に感じる症状は、上記のように多岐に渡ります。

しかし今皆さんが気になる症状を「私は更年期だから仕方ない」といって放置するのはよくありません。

見過ごされがちな重要な疾患を見落とさないためにも、まずは病院受診をしてください。

私は様々な場所で更年期についてお話する機会があります。そのような場所で私は

「心身の緊張や不安を軽減させる工夫をしましょう」

と話していました。

しかし、「原因は自分ではどうすることもできない事ばかりだから無理なのですよ」というような声もたくさん聞いてきました。

たしかに更年期の期間は、親の介護や夫の退職、子供の進学、独立などと重なりますが、これらはすぐに取り除くことも回避することもできません。

だからこそ、無力感に苛まれてしまうのでしょう。

辛かったら何かや、誰かに頼って大丈夫

こんな風に考えてみてはいかがでしょうか

今大嵐がやってきている状態です。

抵抗すると飛ばされてしまいます。

だから、ひたすらじっと耐えてください。

でも小さな傘だけでは耐え切れません。

何かに頼らなきゃ飛ばされちゃいますよ。

「今度は処方箋がなくても大丈夫です

職場で辛くなったら、またいらしてください

あなたが今感じている悲しみは、決して無駄にはなりません。

他の誰かが同じように感じたとき、誰かの心の支えになりますから。

私に話してくださってありがとうございました。」

そういって私は彼女を見送りました。

この記事が気に入ったら
フォローしてね!

「TRULY」LINE公式アカウント

女医や専門家による正しい情報を配信中!

この記事を書いた人

岡下真弓のアバター 岡下真弓 【薬剤師】

フリーランス薬剤師
JAAアロマコーディネーター協会認定講師

化粧品メーカー研究開発や薬剤師の知識を生かし、女性の健康と美容をテーマにした講演活動を行っています。 歳を重ねるにつれ、衰えや失われていくものはあります。また更年期世代は仕事で負う責任が大きくなり、後ろ向きな気持ちになりがちです。私は人の美しさとは、その人の生き方次第で変えることが出来ると多くの患者様から教わりました。

「歳を重ねる事をネガティブに捉えずセクシーに健康に楽しみましょう」

このコンテンツは、病気や症状に関する知識を得るためのものであり、特定の治療法や専門家の見解を推奨したり、商品や成分の効果・効能を保証するものではありません。

<専門家の皆様へ>
病気や症状の説明について間違いや誤解を招く表現がございましたら、こちらよりご連絡ください。

目次