【薬剤師の体験談】親指の痛みを訴える女性の話
女性の指の痛みの原因は?
「親指のサポーターおいていないかしら?
先生から手の使いすぎって言われたの。でも私は家事しかしていないのよね」
少しぽっちゃりとした色白の気のよさそうな女性が、こう言いながら整形外科の処方箋を持参されました。
「今日は湿布と鎮痛剤と胃薬が処方されています。親指のどのあたりがいつごろから痛むのですか?」
「先生はレントゲン検査の結果、骨には異常が見当たらないからしばらく様子見ましょうって言うのよね。お薬で良くなるかしら?」
「一度婦人科も受診されてみてはいかがですか?」
「え?手が痛いのに?」
いぶかしげに見られました。いつものパターンなので私も慣れっこです。
私は笑顔で通常通り、更年期世代の女性に見られがちなエストロゲン分泌量の低下に伴う様々な症状について、お話させていただきました。
更年期世代に多い、手首や親指の痛み
この女性ように、更年期世代の女性から「手の親指を動かす際に、手首に痛みを感じる」と相談を受けることがあります。
「パソコン作業が多くなったせいか、腱鞘炎になったみたい」と市販の湿布を購入される方もおられます。
更年期世代以外でも、出産直後の女性が激しい手首の痛みを訴え、赤ちゃんを抱っこするのがつらいと話されることもあります。
出産直後の女性も冒頭の女性同様に整形外科でレントゲン検査を行いましたが、やはり骨には異常が見つかりませんでした。
よくある質問で、処方された内服薬や湿布をお渡しする際に、「授乳中のため、処方された内服薬は飲みたくない。湿布も赤ちゃんには大丈夫なの?」と投薬治療に抵抗を示されることがあります。
処方されたお薬に関しては、母乳に移行しないこと、産後はホルモンバランスの崩れにより手の不調を感じることがあることを付け足し、最終的な判断はお母様にお任せしています。
なぜ更年期世代や出産直後の女性が、親指の付け根から手首にかけて痛みを生じやすくなるのでしょうか?
それはどちらのライフステージにおいても、大きく女性ホルモンのバランスが乱れる時期であるからです。
エストロゲン分泌の低下が、関節の炎症やしびれを起こす
女性ホルモンの中でもエストロゲン分泌量の低下は、関節や腱の周りにある滑膜という組織の腫れや関節の炎症を招きます。
さらにエストロゲンの低下は神経を圧迫しやすくし、しびれが起こりやすくなります。
腱鞘炎だと思って治療せずに放っておくと、手にしびれが出る手根管症候群(しゅこんかんしょうこうぐん)や、関節が変形する病気につながることもあります。
女性は細かい作業が伴う手を使う家事が多く、また最近は仕事でパソコン作業をされる方も増え、とにかく手を酷使しがちです。
痛みを我慢し酷使し続けると、強く握ることが難しくなり、日常生活に支障をきたすこともあります。
関節の変形が重症化してしまうと手術が必要になる場合もあります。
指がこわばる、痛むという症状が出たら、早めに整形外科や産婦人科で検査をしてもらうことをおすすめします。
指の痛みの種類
指の痛みの種類は、実は色々あります
更年期世代に見られる、親指の付け根や手首の痛みの病名・症状をお伝えします。
公益社団法人 日本整形外科学会ホームページ参照
ドケルバン症候群(狭窄性腱鞘炎)
《症状》
親指を伸ばす筋肉と、親指を開く筋肉が通る腱鞘に生じる炎症です。腱鞘の部分で腱の動きがスムーズでなくなり、手首の親指側が痛み、腫れます。親指を広げたり動かしたりすると、この場所に強い疼痛が走ります。
ばね指
《症状》
腱鞘炎を放置していると次第に腱の動きがスムーズでなくなり、指の付け根に痛み、腫れ、熱感が生じます。 朝方に症状が強く、日中は使っていると症状が軽減することもあります。
進行すると、指の曲げ伸ばしの際に曲がったまま動かない、手の平にしこりのような盛り上がりがある、曲げて伸ばす際に引っかかりが生じるなどの「ばね現象」が生じて“ばね指”となり、さらに悪化すると指が動かない状態になります。
手根管症候群
《症状》
初期には人差し指、中指がしびれ、痛みがでますが、最終的には親指からくすり指の親指側の3本半の指がしびれます。急性期には、このしびれや痛みが明け方に強くなり、目を覚ますと手がしびれて痛みます。
手を振ったり、指を曲げ伸ばしするとしびれ、痛みは楽になります。手のこわばり感もあります。
ひどくなると親指の付け根(母指球)がやせて親指と人差し指できれいな丸(OKサイン)ができなくなります。縫い物がしづらくなり、細かいものがつまめなくなります。
特発性が多く、妊娠・出産期や更年期の女性が多く生じるのが特徴です。
そのほか、骨折などのケガ、仕事やスポーツでの手の使いすぎ、透析をしている人などに生じます。腫瘍や腫瘤などの出来物でも手根管症候群になることがあります。
へバーデン結節(指まがり症)
《症状》
人差し指から小指にかけて第1関節が赤く腫れたり、曲がったりします。痛みを伴うこともあります。親指にも見られることもあります。第1関節の動きも悪くなります。
また、痛みのために強く握ることが困難になります。第1関節の近くに、水ぶくれのような透き通ったでっぱりができることがあります。これをミューカスシスト(粘液嚢腫)と呼びます。
色々な程度の変形がありますが、すべての人が強い変形になるとは限りません。
手をよく使う人がなりやすい傾向があります。遺伝性は証明されてはいませんが、母や祖母がヘバーデン結節になっている人は、体質が似ていることを考慮して、指先に負担をかけないように注意する必要があります。
そのまま放置しないで。あなたの痛み
手指のしびれは他の病気が隠れている事もあります。
最も注意して欲しいのが、脳卒中です。
しびれ以外に麻痺・ろれつが回らないなどの症状が見られたら、すぐに脳神経外科を受診してください。
糖尿病が進行すると、末梢神経にしびれが出て、足もしびれることが多いです。
他にも首の骨が変形しておこる「頚椎症」なども考えられます。
複雑で精密な動きができる手は、27個の骨からできています。
最近では手専門の外科外来もあります。一人で思い悩まずに、まずは受診し、適切な治療を受けてくださいね。
最後に
一般的に女性は40歳をすぎる頃から、エストロゲン分泌量の低下が始まります。
それに応じて、ごくわずかですが、骨密度もほぼ並行して低下していきます。
閉経を迎えるころにはエストロゲン分泌量は、20歳代と比べ1/10程度にまで減少します。また閉経後の血液中エストラジオール量※は、男性の1/2まで低下しています。
様々な疾患から守ってくれていた最強のお守りが減少したこの時期の女性には、今まで以上に体調管理を行ってほしいと思います。
※卵巣により産生されるエストロゲンの1種です
膝や股関節の変形性関節症も、エストロゲンの低下とインターロイキン6(IL-6)及び腫瘍壊死因子α(TNF-α)が一過性に上昇していることが関与している可能性がある、という報告もあります。
更年期の症状としての「手足の指の痛み」はまだまだ認知度が低いですが、実際に更年期障害を有する方の半数が手のこわばり、末梢関節痛を訴えています。
痛みを我慢していると、睡眠環境の悪化や生活の質も低下しがちです。
いつものことながら、一人で悩まず、まずは専門家にご相談くださいね。